自然の神性について

わたしは特定の信仰を持たない人間である。ただ、神の存在については根元的な感覚において感じている。それが自然のなかで受けることもあれば、或いは特定の教会の中で存在を見出すこともある。要するに、特定の感性においてのみに特定の形として想起されうる神が、私の中には存在しないということなのである。感じることのできる漠然とした存在は、ただもってしてこの肉体の中には決して現れないのだ。

しかし、これらの感性ないし感覚は人知を超えた多いなる自然を前にすると、往々にして呼び起こされる。それが精気に満ちた大木であったり、どこまでも豊かな森林や、果てしない海や、それはさまざまであるが。良くも悪くもわたしは極めて日本的な感性を持っているのだろう。

わたしの未熟な頭では到底理解できない素晴らしき神はいつの日か私のなかに特定の感覚として見いだせるのか。わたしにはまだ分からない。